あいさつ – マキ・エコール・ド・バレエ

マキ・エコール・ド・バレエ

身体を美しく整えるバレエ教室 静岡市

2015/06/06あいさつ

「あいさつは進んで」
「あいさつは自分から」
「あいさつは元気よく」
「あいさつは基本」
「さいさつは礼儀」
「あいさつはマナー」
「あいさつは敬意」
家庭でも
学校でも
スタジオでも
舞台裏でも
バイト先でも
職場でも
そういう環境が当たり前の中で育ちました。
私だけじゃなく
昭和世代は皆、そうであったと思います。
あいさつするということに、疑問を抱いたことなんてないですよね?
それが昭和世代です(笑)。
社長さんや組織のトップの方とお話しするとき、
「今の若手はあいさつから教えなくてはいけない」
と、おっしゃる方が多いなぁ・・と感じます。
今は、通りすがりの子どもに
こんにちは
っていうとそれだけで不審者扱いされてしまったり
おかしな世の中になってしまいました・・・
スタジオでは
「おはようございます」
「おねがいします」
「ありがとうございました」
「さようなら」
たかがあいさつ、されどあいさつ。
あいさつに始まり、あいさつに終わる。
あいさつには、かなりの重きを置いています。
中には
「あいさつしないと叱られるからする」
という生徒も見受けられますが、
あいさつにもクオリティがありますから、
あいさつを交わせば
自ら発しているのか、言わされているのかは解ります。
そもそも、
あいさつって、何でするのでしょう?
あいさつの存在が当たり前になっている人は
なかなかこんなこと考えません。(←主に昭和世代)笑。
でも今は、
あいさつって何のため?何か意味あんの?って
そう思う人も少なくないようです・・・(←主に平成以降)。
あいさつはコミュニケーションの土台。
「私はここにいます。」
「あなたの存在を認識しています。」
まずはここからでしょう。
そこから、「気持ちのやり取り」に発展します。
それがコミュニケーションです。
コミュニケーションとは相互関係です。
一方通行ではなく、「気持ちのやり取り」をします。
気持ちが、行ったり来たりするのです。
それが、「人間関係」です。
生きていく上で、切っても切れないものです。
クラスも、
「気持ちのやり取り」から成り立っています。
クラスという存在そのものが、人間関係です。
たとえば、黙ってスタジオに入ってきたとしましょう。
その時点で、「私はここにいます」を発信していないわけですから、
肉体はそこにあるかもしれないけど
実際は透明人間みたいなもんです。
私は「伝える」立場にいますが、
透明人間に伝えることはありません。
伝えることはできません。
伝えたとして、受け取ってもらえないでしょう。
だからあいさつは大事なのです。
すべての基本なのです。
あいさつがないと、関係性が発展しない。
肉体がそこにあるだけ、になってしまいます。
あいさつができて困ることはないでしょう。
いや、あいさつで
人生だって変わると思うよ。
あいさつは、その人の第一印象を決めますね。
第一印象は、自分の責任です。
スタジオ全体を見渡して思うのは、
あいさつのできる、できないは年齢ではない。
3歳・4歳でもする子はきちんとします。

(↑cocohaのあいさつは年少さんの頃から気持ちいいね。)
逆に
小学校の中学年・高学年でもできない子はできません。
言われないとしないのであれば、できないのと同じです。
古株・新米も関係ない。
まだ入って1年に満たない子でも
する子はきちんとします。

(↑rioのあいさつは、誰よりもハキハキしていて感心します。)
何でも親に頼りきりではなくて、
自分のことは自分で、の精神が備わっている子も
自然と、できていますね。

(↑いいね、Midoriicon22このラインicon12
相手がしたらする
言われたからする
あいさつって、そういうものではないよね。
言葉は、人間だけに与えられたものでしょ?
言葉は
投げかけたり、受け取ったり
行ったり来たりしなくっちゃ。
言葉が行ったり来たりしなきゃ、
気持ちが行ったり来たりするわけない。
気持ちが行ったり来たりしなきゃ、
解ったり、解ってもらったりもできないね。
「人と人との土台をつくる」
こんな時代だからこそ
先生は
そう
思うんだよね。

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