私はかつて
一度だけショートだった時期があります。

バッサリ
迷いなんて、なかったな~。
このあと、伸ばすのは大変だったけど




ある作品のため、だったので。
切ることへのためらいは、一切ありませんでした。




コンテンポラリーの世界に
はじめて足を踏み入れたのは
20代前半でした。
自分の踊りに
奥行きが持てそうな気がして。
いや、気がしてたんじゃなくて、そう確信してた。

だからどうしてもこのチャンスを
逃したくなかった。

コンテのオーディションといったら、
インプロビゼーション(即興)。
指示された振付に忠実に踊る、ということに慣れている
クラシックの人間は、
この「何でもやっていいよ」という即興に、弱かったりもします。
が、
若さゆえだったのかな。
「正解がないって、逆にラッキーじゃん
」
変に肩に力が入り過ぎなかったことがよかったんだと思います(←ただの能天気人間
)
この時はまだ
職業としてのバレエなんて
とても成立してなくて。
今思うと、
この頃が「下積み真っ只中」だったわけですが、
当時は自分の立場を
「下積み」とは思ってなかったという(←おめでたい人ですねぇ・・
)
ただただ、必死だった頃です。


この頃は
のちの自分に
この経験がどれだけ活きるか、なんて
思ってもなくて


でも、
今だからこそ思う。
私は
この時コンテの世界を知ることなく過ぎ去っていたら、
「LUNA」や
「Masquerade」みたいな作品は
創れなかったと思う。

すごく、大きな出逢いだった。
知識や経験を得ていくことを
よく「引き出しを増やす」って言い方をしたりするけど
このときの経験は
自分の中の「引き出しを増やす」どころか
「タンスを増やした」ってくらいに思います(笑)。
今
私の実家の、私が使ってた部屋を整理していて、
独身の頃の服やらバッグやら
はたまた10代の頃に着ていたレオタードやら
手帳やら(←昔の手帳ってなんか恥ずかしいね
)
そして、アルバムなんて出てきた日にはもう、、、、、
見入ってしまって
時間が止まってしまいます
はじめて日本を飛び出したとき。

スリランカ系のMomとオージーのDad。
3人のBOYS

今でも、
クリスマスとバースデーには
お互いにカードを欠かしません。
私も毎日一緒になって(や、負けずに)やんちゃしてたBOYSも
それぞれに結婚しパパになって
お互いに子どもの写真を見せ合ったり。

飛び出して行ったときは
両親にはとても心配をかけたと思います。
(当時はそんなこと思いませんでしたが・・
)

でも、
この時期、何を得たかって
それは計り知れなくて。
だから、
私を止めたかったけど止めなかった両親には
本当に感謝しています。


今日は、
タイムスリップして
遙か彼方まで行ってしまいました(笑)。


みんなもいつか
こうやってアルバムを見ながら
今のこの時を
懐かしむときが来るのかな・・

そんなこと考えてたら、
まったく作業が進まず、時間だけが過ぎていきました
ま、たまにはこんな日があってもいっか


