私たちは日々、
鏡の中の自分と向き合って
レッスンを積んでいきます。
「鏡の中の自分をよく見て」
「鏡の中の自分とよく向き合って」
生徒たちには言っています。
私たちは
鏡を通すことでしか
自分自身を客観的に見ることはできません。
美を追求するために
自分の姿を
鏡に通すのだから
鏡そのものが汚れているなんてのは
話になりません。
これは、マキ先生のポリシーです。
アシスタント時代、
イヤというほど
鏡ばっかり磨いていた時期があります。
いやいや磨いていた時期も正直あったけどね
「鏡を磨く」という意味を
自分なりに見出だせた時から
鏡を磨くことが
イヤだと思うことはなくなりました。
クラスの数が多く続く日は
早い時間は小さい子たちから始まるので
その日のレッスンが終わるまでずっと
キレイな状態を保っていられないこともあります。
でもそういうことじゃなくて
その日の
1本目のレッスンが始まる時に
ピカピカの鏡の前で
レッスンをスタートできるかどうか
ここが勝負なんです。
「どうせまた汚れるから」
なんて思っていたら
負けです。
美に見放されます。
レッスン中、
生徒たちには言葉をかけたり
身体に触れたりして
正しい姿勢やフォームに
導いていくこともできるけど
鏡の中の自分を見て
言われる前に
触れられる前に
自分自身で修正することができるかどうかは
とても大きなことです。
それが「気付き」だからです。
バレエに限らず、
何事も
「上達」とは「気付き」だと思います。
そんな「気付き」のキッカケをくれる
「鏡」は
神聖です。
2012/05/09こだわり
2012/05/06GW最終日
今日は静岡です。
娘と主人も
帰ってきて
にぎやかな生活が戻りました。
このGWは、
娘の大きな成長ぶりが
ママは何だか眩しいな。
今日は
ティーチャーズプログラムの昨日の内容を振り返って
頭の中を整理して
娘の「お医者さんごっこ」にとことんつきあって
平和に過ごしました(笑)。
夕方からは
出身高校の吹奏楽部「定期演奏会」♪
生徒のHちゃんが出演しています。

Hちゃん。
あなたがどこにいるか
先生はすぐにわかりましたよ。
心を込めて、
演奏していたね。
みんなで創り上げる空間は
やっぱりいい!
たまらなくなってしまいます。
第1部は
選曲もちょっと厳粛な感じで
「この曲ならどう振り付ける?」
なんて考えながら
これは私の病気みたいなものです(笑)。
第2部は
若さ溢れていて
とっても楽しかった!
何年ぶりかの校歌が
胸にジーンと響いてきて
あれ?
我が校の校歌って、
こんなに素晴らしかったっけ?
先生も一緒に歌ったよ。
涙が出てきちゃった。
ピュアで
エネルギッシュで
立ち止まらず
振り返らず
潔く
誇り高く
若さって素晴らしいね。
Hちゃん。
今日はお招きありがとう。
青春のお裾分けを、ありがとう。
素晴らしい演奏会でした。
静岡東高、万歳!
2012/05/05日本のバレエ
日本はバレエ人口が多く
その門戸は
誰に対しても開かれています。
世界的に見ても
稀に見る
バレエ事情です。
私の専門は
ロシアスタイルのバレエなので
ロシア事情をお話すると
ロシアのバレエ学校は
1年生から8年生まであって
1年生は10歳です。
ロシアでは
日本のように3歳くらいからバレエを始めるといった風習はなく
バレエ学校の教授たちは
「そんな赤ちゃんみたいな子どもがバレエできるのか?」
と、心底驚いていました。
ロシアには
バレエ学校に入学するための塾みたいなものは存在します。
バレエ学校に入学するためには
厳しい厳しい審査があり
舞踊性や
音楽性を見られるのはもちろんのこと
身体検査
骨格検査
肥満体質に関しては
親、祖父母、2代〜3代遡ってチェックされることも
バレエ学校の門をくぐる時には
すでにある程度の条件は満たされていて
選ばれた者だけが
そこで学んでいくのです。
10歳で入学し
18歳で卒業
しかし最終学年の8年生に残れるのは
入学当初の半分以下
ごく一握りです。
各学年のカリキュラムは厳しく管理されていて
自らリタイアする者もいれば
進級できずに脱落していく者もいます。
日本とロシアでは
このように環境が異なります。
どちらがいいとか悪いではなく
これが
「バレエ学校」と
「バレエ教室」の
違いなのです。
でもかといって、
日本のレベルが低いかと言われたら
そんなことはなく(キッパリ!)
世界的に活躍している
日本人ダンサーもたくさんいるし
国内でも立派なバレエ団はたくさん存在します。
つい最近だって
ローザンヌで日本快挙でしたし
こうした業績は
日本国内のバレエ教室が支えています。
私の先を行く先輩の先生方の
たゆまぬ努力の功績です。
海外の先生たちに
「生徒の股関節はどうしたら開くようになるでしょうか?」
「どうしたら生徒の脚が高く上がるようになりますか?」
こんな質問をするのは
実にナンセンスです。
「…?」
って感じだと思います。
だって海外でバレエ教えていらっしゃる先生方は
自分の生徒の中に
股関節が開かない子はいないし
脚が上がらない子は最初からいないのです。
でも、私たち日本人教師は違います。
股関節のアンデオールに
何年もかけて
開脚のためのストレッチ指導に
何年もかけて
限界に挑戦させながらも
ケガをさせないよう
心身ともに健やかに
バレエに打ち込めるよう
厳しさの中に
楽しさを見出だせるよう
私たち日本人教師は
そこに難しさを感じながら
時に立ち止まったり
迷ったり
悩んだり
凹んだり
そして
再確認しながら
模索し
前進していきます。
そしてそんな過程があるからこそ
日本人教師としての
自信や確信、プライド
築いていけるのだと思っています。
日本人教師だからこその
やり甲斐もあります。
バレエ学校という場所が
バレエを1から学ぶ場所だとするならば
バレエ教室という場所は
バレエをゼロから学ぶ場所です。
それでいいんだと思う。
私たちは
日本でバレエをしているんだもの。
だから私は
ゼロからの現場で活かせるための
知識や情報を
これからもずっと
学び続けていきます。
2012/05/05静かすぎる夜
あれをして…
これをして…
娘が寝たらこれをやって…
家族が起きる前にはこれを済ませて…
朝と夜は
毎日パタパタ( ̄▽ ̄;)
子どもが小さいうちは
どこの家庭もそうなのかもしれないけど
静かな生活に
憧れます(笑)。
昨夜は
娘が生まれてからは初めての
「ひとりの夜」
自分だけのペースで過ごせるはずなのに
何か調子狂っちゃって…(笑)。
静かすぎた
夜でした。
今日もプログラムは続きます。
本日は
「レッスン構築法」
(プログラミング)
私の一番近くになくてはならない分野です。
行ってきます!
2012/05/04大冒険
私がプログラムに参加している間、
娘と主人は
2人だけで
遠くのじいじとばあばの家にお泊まりです
ちょっと前までは
夜はママと一緒じゃなきゃ寝れない…
なんて言っていたのに
張り切ってパパと出掛けて行きました。
大きくなったなぁ…。
お義母さんは
さぞかし大変な思いをしていると思います(笑)。
こうやって
身内のみんなが応援してくれるから
私はマキ先生でいられます。
ありがとう。
2012/05/045月4日の記事
GW前半は、
大阪で遊び呆けていましたが(笑)
後半は
スイッチを切り替えて
今日から
ティーチャーズプログラムに参加します。
このプログラムの概要を知ったのは
年明けすぐでしたが
この5月というタイミングをどう取るか…
発表会も終わって一段落とするか…
逆に発表会の勢いを借りてこのプログラムに乗っかるか…
一瞬だけ考えましたが
考えている時にはもう決まってました(笑)
血が騒いで(笑)
本日の科目は
「バレエ傷害」です
バレエ傷害というのは、
一瞬のうちにやってしまう捻挫や骨折などのケガとは違い、
レッスンの蓄積によって起こってしまうこともある、
オーバーユース(使い過ぎ)や
疲労からくる肉離れや疲労骨折、関節痛
可動域の限界を超えてしまったために起こる股関節痛や膝の痛み
誤った立ち方や、誤った重心移動から発生する、外反母趾や扁平足…
メンタル面で言ったら、拒食症も
こういったものが「バレエ傷害」です。
生徒たちはみんな、
日々頑張ってレッスンに励みます。
みんなはそれでいい。
こういうことは、
指導する側の私が気をつけて、そうならないよう伝えていくべきことだから。
身体の正しい使い方
立ち方
重心のかけ方
レッスンの最後には、身体を使いっぱなしにしない
クールダウンは、短時間でもやるのとやらないのでは、
身体への負担の蓄積は大違いです。
知識として
こうした引き出しを持つか持たないかは大きいと思います
「バレエ傷害」とは
そういう分野です!
2012/05/03仮面ライダー vs スーパー戦隊

3歳の娘は
女の子なのに仮面ライダーフォーゼや
ゴーカイジャーが大好き
私も小さい頃は
こういうのが好きだったって
近所の男の子と闘ってばかりいたって
母がよく言ってます。
今日は
娘に付き合って
仮面ライダーの映画を観にセノバへ
映画の途中で
私、ちょっとだけウトウト
してしまって
そんなママの姿を
娘はちゃんと見ていました
帰りの車の中で
ものっっっすごい怒られました
すみませんでした
2012/05/01道
バレエ学校を修了して
「さぁ
行くのです
」
と、恩師に背中を押されても
私にはスタジオもなければ
生徒もひとりもいませんでした。
同期のメンバーには
お母様がバレエ教室を経営されている方が多くて
みんな華々しく
先生デビューしていきました
うらやましくなかったと言ったら嘘になるけど
人をうらやましく思っているうちは
きっと自分は先生デビューなんてできないんだろうって
心のどこかで思っていました。
だから、自分ができることからやってみようって
まだ若かったし
怖いもの知らずで
チャレンジ精神のみで
失うものもなかったし(2代目というプレッシャーもなかったから)
今思うと、そんな環境もかえって恵まれていたのかもしれません。
アシスタント時代は
来る日も来る日も
鏡を磨いて、音出しをして、レッスン後はスタジオの掃除・・・
毎日こんなことばっかりして
ろくにレッスンも受けさせてもらえないし
何やってんだかなぁ・・・私。
って、思っていたこともありました。
でも、今だから言えることだけれど
そんな期間をくださった先生には
本当にありがとうございました
と、心から思っています。
「それでもバレエか」ということを
あの時、私に突きつけてくれて
ありがとうございました。
スタジオを借りて
先生としてデビューした時、
クラスの数は2クラスしかなくて
生徒を全員集めても5人しかいなくて
その5人のうち
1人は今でも私の生徒です。
幼児だった女の子は
少女になりました。
こうした、長いおつきあいに
感謝です!


