よくわからないから・・
誰がやっても同じだから・・
忙しいから・・
なんか、めんどくさいから・・

でもそれでも、
私たちの一票の権利が
今の子どもたちの将来を
決めていきます。
わからない、知らない、は
無責任かな、と。
2016/07/10権利
2016/07/09復活
2回目の発表会を終えてしばらくしてから、

一旦はバレエを辞めた二人(兄妹)です。


で、
3回目の発表会には、おねえちゃんが出演していたので
観に来てくれていました。

そして、
「やっぱりバレエをやりたい」
となり
レッスン復活した2人です。


最初のクラスを修了する前に辞めてしまったので、
もう一度、最初のクラスからやっています。
ポジションなどはもちろんだけど、
挨拶のことや列のことも
全部ひっくるめて
思い出していきます。
ブランクを
埋められるのは自分だけ
2人とも
取り戻すべく


がんばってます。

(↑懐かし~ぃ
キャンディさん
)
2016/07/08レッスン
幼稚園~小学低学年のクラス

センターレッスンでは
テレコでのピルエットにも挑戦します。
「自分のカウントに責任を持つこと。」
これが、課題です。
大事やね~こういうとこ。ほんと、大事。
ランダムに振り分けられた「自分のカウント」
自分に集中してないとできないし、
全体を見ることができなければ、できません。
今日は人数が少なかったから、
自分の番がまわってくるのが早かったし、
何度も自分にまわってきたし、
とり方も難しかったと思うけど、

よくできました
花マル
そして、お次のクラスでは
「ドン・キホーテ」の本を
ニコニコしながら持ってきて
ニコニコしながら見せてくれました

子どもたちが
自分の中に持っている「興味」。
これが
ふとした時に垣間見えるのは
本当に微笑ましい瞬間です。

そうやって、
知識や経験を増やして
それが
すぐにではなくても
いつかどこかの場面で
パズルのピースがはまるように
つながっていけたら。
与えられた知識や経験じゃなく
自分で収集したものは
必ず自分の身になることでしょう
何事もそうだけど
「やらされてる」んじゃなく
「やりたくてやっている」
これに勝るものは、ないんじゃないかな。
そして、本日のハプニング

はい、きた
学校カバンを一式忘れる、の巻
教科書、宿題のすべてが
スタジオに置き去りとなりました・・・
( ̄▽ ̄)
やっちまったぜ・・・(笑)。
しかも、この類がそうそう珍しいことではないというこのスタジオ
これ、君らの仕事道具だかんね ( ̄▽ ̄)
2016/07/04浮き沈み
月曜日
最後のクラスはカルチャーのレベルアップクラス

今日はレッスンの終盤
グランワルツで
クラスのテンションが


そんなにすごいワルツを組んでたわけじゃなかったけどなぁ
このクラスで
こんなにテンション低いのを感じたのは
はじめてかも
グランワルツってのは、
最後に大きく動いて、弾けて・ノッて・気持ちよく終わるものです。
でも
沈んだまま、が
平気ではないクラスなので大丈夫。(確信)

はい上がってくるのを楽しみにしています(笑)。
あんまり頭だけで考えすぎない。
よく考えて動く。
どっちやねーーーん
って、思うよね
私も、思うよ(笑)。
出だしでそのステップが決まります
2016/06/29コンテンポラリーの世界
私はかつて
一度だけショートだった時期があります。

バッサリ
迷いなんて、なかったな~。
このあと、伸ばすのは大変だったけど




ある作品のため、だったので。
切ることへのためらいは、一切ありませんでした。




コンテンポラリーの世界に
はじめて足を踏み入れたのは
20代前半でした。
自分の踊りに
奥行きが持てそうな気がして。
いや、気がしてたんじゃなくて、そう確信してた。

だからどうしてもこのチャンスを
逃したくなかった。

コンテのオーディションといったら、
インプロビゼーション(即興)。
指示された振付に忠実に踊る、ということに慣れている
クラシックの人間は、
この「何でもやっていいよ」という即興に、弱かったりもします。
が、
若さゆえだったのかな。
「正解がないって、逆にラッキーじゃん
」
変に肩に力が入り過ぎなかったことがよかったんだと思います(←ただの能天気人間
)
この時はまだ
職業としてのバレエなんて
とても成立してなくて。
今思うと、
この頃が「下積み真っ只中」だったわけですが、
当時は自分の立場を
「下積み」とは思ってなかったという(←おめでたい人ですねぇ・・
)
ただただ、必死だった頃です。


この頃は
のちの自分に
この経験がどれだけ活きるか、なんて
思ってもなくて


でも、
今だからこそ思う。
私は
この時コンテの世界を知ることなく過ぎ去っていたら、
「LUNA」や
「Masquerade」みたいな作品は
創れなかったと思う。

すごく、大きな出逢いだった。
知識や経験を得ていくことを
よく「引き出しを増やす」って言い方をしたりするけど
このときの経験は
自分の中の「引き出しを増やす」どころか
「タンスを増やした」ってくらいに思います(笑)。
今
私の実家の、私が使ってた部屋を整理していて、
独身の頃の服やらバッグやら
はたまた10代の頃に着ていたレオタードやら
手帳やら(←昔の手帳ってなんか恥ずかしいね
)
そして、アルバムなんて出てきた日にはもう、、、、、
見入ってしまって
時間が止まってしまいます
はじめて日本を飛び出したとき。

スリランカ系のMomとオージーのDad。
3人のBOYS

今でも、
クリスマスとバースデーには
お互いにカードを欠かしません。
私も毎日一緒になって(や、負けずに)やんちゃしてたBOYSも
それぞれに結婚しパパになって
お互いに子どもの写真を見せ合ったり。

飛び出して行ったときは
両親にはとても心配をかけたと思います。
(当時はそんなこと思いませんでしたが・・
)

でも、
この時期、何を得たかって
それは計り知れなくて。
だから、
私を止めたかったけど止めなかった両親には
本当に感謝しています。


今日は、
タイムスリップして
遙か彼方まで行ってしまいました(笑)。


みんなもいつか
こうやってアルバムを見ながら
今のこの時を
懐かしむときが来るのかな・・

そんなこと考えてたら、
まったく作業が進まず、時間だけが過ぎていきました
ま、たまにはこんな日があってもいっか






