2017年、
今年もありがとうございました。
























































































みんな、今年もまた一年。
ありがとう
カテゴリー: バレエ指導者
2017/12/312017年
2017/12/23アイシングクッキー
今年は、
ドンキ仕立てのアイシングクッキーを

静岡でアイシングクッキーのお教室「Re:I」(リアイ)を主宰されている
Reiko先生に
力を貸してもらいました。
せっかちな私たちは

初回の打ち合わせ、
なんと、6月 笑。

早すぎるねぇ~まだ夏も来てないのにねぇ~わはは。
なんてこの時は話していたけど、12月はあっという間にやってきました
いっぱい焼いてもらったよ

ありがとうございました
さて、

みんなの元には、どっちのクッキーがいったかな?

どっちも可愛くて、迷っちゃうね。
















1枚のクッキーから
こんなにたくさんの笑顔が生まれるって、ほんとに素敵














食べるのもったいな~い
って、
それもよく解るんだけど、
おいしいから、飾ったあとは食べてね。
このクッキーを作ってくれた
Reiko先生 (←クリック)
この横顔見て、
あーーー
とか、
えーーー
とか、
聞こえてきそう 笑。
だって、みんなの知ってる人だもんね
ムフフ

Reiko先生、
ありがとうございました。
2017/12/11下準備
今週は、
信頼を寄せている舞台スタッフ(音を操るプロ
)の方と
最終音源の制作に入ります

進行に関しても、舞台監督と。
色彩に関しても、照明デザイナーと。
いろんな方の力を借りて、
裏方を固める時期に入りました。
そして、
表舞台の方は、まもなく公開初稽古。

今年も残り3週間
キリッと年内の稽古納めができるよう、
気を引き締めてまいります
2017/09/29配役
舞い降りてきたチャンスを
掴めるかどうか、は
自分次第。
チャンスなんて
いつ、どっから飛んでくるかわからない
いきなりボールが飛んでくるようなものです。
そのボールを、まずはキャッチできるかどうか。
ここは大きな分かれ道。
だって、チャンスが目の前を通り過ぎても、
チャンスというボールが飛んできても、
それに気づくことさえできなかったらキャッチなんてできないじゃん(笑)。
「鈍感」ではダメ。
鈍感なところには、何も来ないし、
そもそも、鈍感なところには、何もない。(も同然。)
そして、その掴んだチャンスを
掴んだまま最後まで通せるか、
これもまた自分次第。
チャンスとは
ただ掴んだだけ、で安心していると、
いとも簡単にスルスルスル~っと流れていきます。
せっかくキャッチしたボールも
ただ持ってるだけじゃ、簡単に落としてしまう。
そしてその落としてしまったボール、手放してしまったボールは、
次の誰かが拾ってしまって
永遠に返ってこないことだってある。
たった一回の態度や行動
たった一回、その時そのタイミングの言葉や挨拶
あ~この人には任せられないな~。
あ~この人には無理か~。
あ~これは信用できないな~。
あ~全然わかってないんだ~。
あ~そういう人なんだ~。
その一回で見えてしまうことっていうのはあって、
それで逃げていくチャンスもあります。
もちろん、その逆もありで、
あ~やっぱこの人だ!
あ~この人で間違いなかった!
あ~この人わかってる!
あ~この人なら安心してお任せできる!
あ~この人なら大丈夫!
そうした瞬間にモノになっていくチャンスもあります。
チャンスとは、そういうものです。
そんなの、バレエの世界に限ったことじゃない。
どんな世界に身を置いても、
何に置き換えてみても、
チャンスとはそういうものなのです。
引き寄せるのも、自分。
遠ざけるのも、自分。
ぜんぶ自分が、そうしてる。
チャンスは、誰かがどうにかしてくれるものではない。
ぜんぶ、自分次第。
チャンスを逃したくなかったら、
そのボールを、その手で、しっかりと握っていなくてはね。
離したくない!離さない!という意志を持って、それを持つの。
飛んできたものを、ただ反射的に持つことは誰にでもできます。
でも、ボールを手に取って何も考えずにボケ~っとしてるだけじゃ、
そのボールは自分のものにはならないのです。
見えないものを握る、というのは
見えないものを、高めるということ。
見えないものっていうのは、
「気持ち」とか「意識」とか「志」とか「礼儀」とか「目標」とか、そういうこと。
「鈍感」なところには、なにも降りてきません。
「繊細」なところにしか、降臨しないものがあります。
そういうものが、あるのです。

あるんだよ。
2017/08/08特化
私は、
人のカラダを「診る」ことはできませんが、
人のカラダを「見る」ことはいつもしています。
そして私が「見て」いるのは、
人のカラダの「動き(ムーブメント)」です。
動き、を分析していくとき
人のカラダを「触る」ことをお仕事とされている方たちとお話しすることが
とても、為になります。
中でも、部位的に特化している方たち。
股関節専門
膝専門
足首専門、など。
先日は、
「仙骨」を専門とする先生とお話しできる機会があり、
とても、勉強になりました。

私はバレエに付帯して、
ストレッチ指導もしていますが、
私が育った時代は、
ストレッチに対しての指導、っていうのは特になくて
目で見たことを真似すること、がすべてでした。
そして根性論がまかり通っていた時代でしたから
強い反動をつけたり、
上から人に乗られたり、
足甲のストレッチなんて、
ピアノのペダル下にあるあの狭い隙間につま先を突っ込んで
とか、
そんな無謀なやり方が、普通でした。
人の前に立ってバレエを伝えるようになったとき、
見て真似る、というやり方は
通用する場合と通用しない場合がある、ということを知りました。
目で見たことを情報として受け取ってくれる人も、確かにいます。
でも、全員が全員そうじゃない。
耳から聞いたことを情報として受け取ることの方が得意な人もいます。
視覚優位
聴覚優位
タイプとして優位となる感覚が違うっていうこと。
目で見たこと(視覚)を伝えるだけなら、技術メインでいいのかもしれない。
でも聴覚で伝えるとなったら、言葉が必要。
言葉が必要ってことは、知識が必要。
私も、まだ経験がなかった頃は
ストレッチって筋肉の問題だと思っていました。
でも今は、
筋肉、じゃなく
関節の問題だと思っています。
ストレッチとは
筋肉、じゃなくて
関節、です。
いわゆる、「カラダが柔らかい」と分類される人たちは、
筋肉が柔らかいのではなく、
動かせる(使える)関節が多いのです。
小さな関節も、動かせる。使える。
小さな関節から大きな関節まで自由に動くから、筋肉が大きく作動できるのです。
関節、が筋肉を誘導して
それが動き(ムーブメント)になります。
そしてその動き(ムーブメント)が音楽と融合すると、
踊りになる。
全部つながっていて、
関係ないことはひとつもありません。
今、本も売れて話題になっている180度開脚や前後開脚。
バレエのレッスンでも
やはりそこに目標を置く人も少なくありません。
今はね、きっともうモノとかじゃないのです。
欲しいのは、
大きい括りで言ったら「健康」
その健康の枝分かれした部分に、
しなやかなカラダ、とか
ブレない体幹、とか
そういうものがあるんだと思います。
そんな、
「前屈系統」 「前後系統」は、
仙骨がキーです。

ひと昔前まで、不動関節と言われていた仙骨ですが、
仙骨は、微動関節です。
仙腸関節も、可動は小さいけれど動きます。
この「微動」というところがキーなのです。
ごく小さな動きしかできないこの部分が使えるかどうかで、
動きの可能性がワーッと拡がります。
関節は、どこの関節もそうですが
使わないでいると
カラダが「使う必要ないんだ」と解釈して
その関節にロックをかけていきます。
このロックが、ブレーキとなって邪魔をするのです。
大きな動きはできないので、
とてもとても、それはそれは、地味な関節です。
でもこの仙骨。
カラダのど真ん中に位置しているだけあって、
ものすごいエネルギーを持っています。

自分のカラダですけど、
いたわる、とか
気にかける、とか
それだけでも、してみてください。
まずは、そこから。
2017/05/24来日
レッスン後、
「先生、今日のあの曲はなんていう曲ですか?」
という質問をいただく率、No.1 

私も、彼から溢れ出る旋律が大好きで、
CD全巻揃えてます。
バレエピアニスト マッシミリアーノ・グレコ氏

なんと今、その彼が来日しており、
音楽WSを開催される!ということで、
お会いできるのを楽しみに、参加させていただきました。
(前日、ワクワクしすぎて眠れなかった・・・ ←遠足前の子どもかっ
)
音楽を専門的に学べる、貴重な時間。
しかも、グレコさんから学べるという
バレエは、音楽なしには語れなくて、
切っても切れない関係
寄り添うことで成り立つ関係
踊る、場合
音楽は聞くのではなく、聴く。
でも聴くだけではただのBGM。
聴いて、受け取って、反応しなければね。
それでこそが表現なのです。
私は生徒たちに
カウントに合ってさえいればいい、とか
カウントをはずさなければいい、とか
ただそれだけでは踊りとは言わないよ。
と、よく言っています。
踊りとは、単なるカウントではない。
フレーズを意識できてこそ、
そのフレーズの中にボリュームやテンポ、ピッチ、アクセントがあって、
そのフレーズが連なり、そこから発生するのが、
踊りのムード、
踊りのスタイル、なのだと思います。
「音楽」と一口にいっても
とても奥が深くて、
音にもいろんな種類、いろんな特徴、いろんな性格があります。
終わりのない、学びの連続です。
奏でる、ことが仕事の音楽畑
踊る、ことが仕事の舞踊畑
私たちは、属している畑は違いますが
でも2つの畑がガッッッツリ リンクしている部分があって、
その、ガッツリリンクしている部分で一緒にお仕事をしています。
世の中に、バレエピアニストさんはたくさんいらっしゃいますが、
成功している方たちは皆、
バレエのことを本当に熱心に勉強していらっしゃいます。
それと同じように、
私たちバレエ畑の人間も、音楽を学び続けていくのです。
私は音楽の専門家じゃないから、知らな~い わかんな~い では、
成立しないということ。
お互いがお互いの分野を、追求する。
そういう関係性が、バレエと音楽にはあります。
WSでは、
彼の奏でる「生」の旋律に

終始、うっっっとり
夢のような時間でした。

今日の学びを、大切にします。
※今週の日曜日(5/28)まで、マッシミリアーノ・グレコさんのピアノ伴奏で受けられるオープンクラスがあります(都内)。 興味のある人は、声かけてください
2017/05/19伝えたいこと
礼儀も知らずに大人になる。
これほど恥ずかしいことはない、と思っています。
この踊りの世界の根底に流れている「礼儀」は、
踊りの世界から出ても通用することばかりです。
バレエを伝えるということは、
そういったことも全部ひっくるめて伝えていく、ということ。
「たかが、習い事」という考えもあるかもしれません。
でも。
「されど、習い事」
私は習い事の世界は付加価値の世界だと心得ています。
自分を豊かにするため、の時間。
習っていることが何であれ、習うということはそういうことなんじゃないかな、と。
礼儀、なんていうと
ものすごいことみたいに感じる人もいるかもしれないけど、
全然そんなことなくて、
当たり前のことを、当たり前にする。
ただそれだけのこと。
人の顔を見たら挨拶をする
「おはようございます。」
「お願いします。」
「お疲れさまです。」
ものを渡すときには両手で差し出す
「お願いします。」
ものを受け取る
「ありがとうございます。」
頷くだけでなく、声に出して返事をする
「はい。」
遅れたときは黙って突っ立ってないで
「遅れてすみません。」
みんなよりひと足早くスタジオを出るときは
「お先に失礼します。」
物事を終えたときには、礼で終わる
「ありがとうございました。」
「さようなら。」
靴は揃える。
荷物はコンパクトにまとめる。
これらは何でもないことのようですが、
「全体を見渡す」能力にやがて繋がります。
全体を見渡せないと、舞台はできません。
今に始まったことではなく、ずっと言い続けていること。
でも挨拶ひとつとっても、
わかっていない生徒は
「私にしか(先生にしか)」挨拶をしません・・・
言われるからしているだけ、ということです。
仲間同士(クラスメイト)
先輩(年上の子)
後輩(年下の子)
送迎のときに顔を合わせる、クラスメイトのお母さんたち。
繋がりっていうのは、
縦にも横にもあって、
両方大事で、
なおかつ関係性には奥行きもあって、
そんな中に自分がいます。
自分で気付きながら成長していけたらそれが一番いいですが、
最近目にあまるものがあり、
昨日は全クラスで、
この話をするために時間を割きました。(小さい子のクラスも)
ある程度の年齢になったら、
やいやい言うだけ、は意味がないので
自分で感じて、考え、行動にうつしてほしいです。
このふたりは、
今この時期がとても大切だと思っているので、
爆弾を投下しましたが、(爆弾と認識していただけてない可能性も大・・)

この爆弾が不発に終わるか、
ドカンといくか、
それ自体も本人たちに任せようと思います。
今回、Va.を振っているので、
中学生・高校生たちと一緒にレッスンする時間がありますが、
お姉さんたちの中に入ると、
やはり、甘っ甘っで。
土台から固め直さないとダメそうです・・・(踊り以前)
今日はバレエの日だからバレエ来た~
そんなお気楽も可愛いのは小学校1年生くらいまで。
私の、バレエを学ぶ時間(・`д・´)
私の、時間(・`д・´)
時間の過ごし方。
自我。
自発性。
クラス姿勢が変わらないと、
踊りは変わらないです。
そんな、それぞれの時間が流れ続けるのが、スタジオ。
生徒たちとは
少し先の未来を意識したお付き合いなので、
無責任に
優しく楽しくだけをメインには、できません。




