バレエ指導者 – ページ 34 – マキ・エコール・ド・バレエ

マキ・エコール・ド・バレエ

身体を美しく整えるバレエ教室 静岡市

カテゴリー: バレエ指導者

2014/06/106月10日の記事


「指導」って、
「導く」という字が入っていて、身がキュッとします。
バレエ教師は、
バレエに関することだけを学んでいればよいのかといえば
それは違う、と私は思っていて。
バレエを「伝える」のがお仕事ならば、
「伝え方」を学ぶことも必要だな、と。
日々、生徒たちと接していて感じるのは、
「教え方」じゃなく
「伝え方」なんだ、ということ。
「教え方」と「伝え方」
似ているようで違います。
私が何を伝えたか、でなく、
何が伝わったのか。
これなのです。ここなのです。
私のお仕事は、モノを売ることじゃなく
人と接すること。
ましてや、
定期的に
長期的に
通って来てくれる
たくさんの生徒たちと時間を共にします。
喜怒哀楽を、共にします。
バレエの何に
バレエのどこに
喜びや楽しさを見出だすのか、ということ。
叱られたり
悔しい想いを味わったり
泣きたくなることや
もういいっ!投げたくなること
そんな瞬間の中にはきっと、
それでも頑張ろうと思える瞬間が潜んでる。
そんな瞬間の中にこそ、喜びや楽しさの種が落ちているんじゃないのかな。
引き出すって、そういうことなんじゃないかな。
伝え方
聴き方
叱り方
引き出し方
自分自身のもっていき方
おだてない褒め方
認め方
信頼関係の築き方
土台はコミュニケーション。
「先生」と「生徒」という関係性が
一方的にならないように。
大人になると
日常生活の中には
責任や義務、重圧がいっぱい。
良い刺激は、
自分から掴みにいかなきゃね。

2014/06/08アプローチ

大人からのバレエ。
お付き合いはそれぞれに長く、本当に有り難いことだと思っています。
出逢った頃はみなさん大抵、身体が硬いことを気にしていました。
そんなことは、気にしなくても大丈夫。
いきなり雑技団みたいなことを目指したいわけじゃないしね(笑)。
まず自分の身体を見つめて、
身体の取扱説明書のようなものを探っていけるように
私はそのお手伝いを、少しだけさせていただきます。

スタートは、それでいいと思うのです。
始まりはどうであれ、
一歩踏み出したこと、歩き出したこと
そんなマインドにこそ焦点をあてたいな、と。
まず、やってみて
あとからついてくるものもあります。
大事なのは、
人と比べないこと。
人と比べてレッスンすることを癖にしてしまうと、
その域から抜け出すのは大変です。
「基準」を「他人」の中に作ってしまうのは苦しいだけ。
「基準」は「自分」の中に!
指導において、一番心がけている点です。
周りの人と比べて、勝手に落ち込まないで。
1年前の自分と今の自分を比べたら
伸びている部分が絶対にあるはずだから。
身体が硬くても
私は硬い、私は硬い、と思い込まないで。
どこを
どこから
どう
どんなふうに

そんなことを少しずつ掴んでいければ、大丈夫。

ペースはゆっくりでも、可動域は必ず拡がっていきます。

↑こちらの生徒さん。
もうお孫さんがいらっしゃって、私の母くらいの年齢です。
もちろんはじめからこうはいきませんでしたが、
今はもうストレッチしないと気持ち悪いとおっしゃいます。
で、やはりご自宅で毎日されてるそうです。
これは、子どもだろうが大人だろうが同じですが
ストレッチのコツを掴んで「習慣化」できてくると、
その先は本当に早いです。
ウサギとカメのお話しと同じで、
コツコツが一番の近道。







私ね、いつも思う。
私は「バレエ」を「伝える」ことで
「バレエとは何か」「指導とは何か」「可能性とは何か」を、教えてもらってる。

生徒たちが教えてくれるバレエは
とても奥が深くて
尽きることがない。

私の足りないところ。
良しとして大切にしていきたいこと。


永遠の課題を、いつもありがとう!

2014/05/02アラン先生の来日レッスン

今朝は、主人と娘を送り出してから、
すっ飛んで都内へ向かいemoji10emoji10emoji10
午後からのクラスはすべて受けてきました!
当たり前だけど、
バレエのレッスンを指導するのと
バレエのレッスンを受けるのは
まったく別ものです。
今は断然、指導する時間の方が圧倒的に多いのですが、
自分が生徒としての立場に返る機会。
これは昔も今も、積極的に設けるようにしています。
指導に関しては、頂くお話しもありますが、
レッスンは、
向こうから来るものではなく、
自分から行くものです。
「先生」としての自分を確立させていくには、
相手の心情とか気持ち
やる気や期待、喜び、温もり
悔しさや不安
感じられないことは、理解できないし、展開できません。
私個人としての「先生論」です。
立場をひっくり返して、
考えるのではなく、感じる。
この部分を失ったら、
「マキ先生」やめる時かな、とも思います。
私のお仕事は、
「バレエを伝える」ということだけど、
心を連れて行くとか
気持ちを引っ張るとか
そういう部分って大きいのです。
先生としての私。
生徒としての私。
行ったり来たりできる柔軟性、持ち続けていたいな。
ハイクオリティで、アランテイストなクラスをありがとうございました!

2014/04/114月11日の記事

あどけなさの中に
時折見せるちょっぴり大人な一面。
キトリクラス。

小学校高学年~中学生が在籍しています。
「女の子」だった彼女たちは「少女」になって、
「女性」としての階段を上り始めています。
幼稚園の頃から見ているので、
そんな彼女たちの成長ぶりは、眩しくてicon12

10歳過ぎた頃から
少しずつ、少しずつ、自分なりの価値観を見出していくのでしょうね。

子どもなりの素朴な質問が、
実に深いところを突いてきたりします。
つい先日も、この子たちなりに感じたことがあったようで、
みんな揃って、私に問いかけてきたことがありました。

それはバレエで言う技術的なことではなく
礼儀、律儀、筋道や道理、
そういったことにつながると思ったので、
私自身が感じたこと、考えたこと、思うことを伝えました。

ちょっと難しい話だったと思うけど、
偽りなく、はぐらかすことなく、伝えたかったことでした。

真剣に聞いてくれて、
自分はこう思うってことを話してくれて、
ありがとう。

「話せる関係」は、この上ない宝物。
先生、そう思っています。
指導の仕方。
生徒たちとの向き合い方。
クラスの在り方。
進め方。
これまでも、今も、これからも、
きっとずっと悩みながら進んでいくんだと思うけど、
悩まなくなったら終わりかな、とも思う。
どんなことにも意味はある。
そこから学んでいかなくてはね。

2014/04/064月6日の記事

本日は、豊明文化会館。
JUN先生主宰のスタジオ「第9回発表会」。
きゅ、きゅ、9回目!
さらに何がスゴいって、JUN先生は毎年発表会を遂行しています。
神業です。
尊敬以外の言葉がありません。
JUN先生とは、バレエ学校の同期。
黙々と努力を重ね、確実に華を咲かせる先生です。
そして、いつでも冷静で落ち着き払っていて。
私みたいに、ギャースカ言わないのです…icon10
バレエの先生は、こうでなくてはね…と、
今日もJUN先生のゲネプロ見ながら、自分を深く省みました…icon11
本日の演目は、「眠れるの森の美女」
私もいつかは手をかけたいと、焦がれる作品です。
古典バレエには、それぞれの魅力があり、優劣はないと思ってますが、
難易度として。
「眠り」「白鳥」「ジゼル」は別格だなぁ…。
第2回や第3回の発表会で手をつけられるような作品ではないと思っています。
物事には順序があり、
ふさわしい時期というのもあります。
見極めるのも、私の務めです。
でもいつか、必ず手掛けます。
「眠れるの森の美女」。
そんな「いつか」を見据えて、生徒たちとの「今」を歩んでいきたいです。
JUN先生から拡がっていく
オーロラの世界は素敵でした。
あー、こういう展開の仕方、表現の仕方も素晴らしいなぁと。
JUN先生のセンスが光る「眠り」でした。
バレエ学校で過ごした友たちも、
今はそれぞれ先生となり、各地で飛躍しています。
話を聞いてもらったり、
刺激をもらったり、
喝をもらったり、
勇気をもらったり、
感動をもらったり。
昔も今も、変わらず大切な存在です。
今日はお招きありがとうございました!
マキ・バージョン オーロラへの夢が膨らみました。

2014/03/26舞台スタッフ

ゆきえさんは
私の惚れ込んだフォトグラファーです。
カメラというのは、
ファインダーという小さな窓から、限りなく世界を拡げてくれます。
小さな窓から拡がっていく表現方法、表現手段。
素敵です。
私は彼女ならではの感性から生まれる
そんな世界を見せてもらうこと、いつも本当に楽しみにしています。

一緒に大きな仕事に取り組むわけですから、
そこにいてくれるスタッフはみな、それぞれに自分の世界を確立していてくれなければ成り立ちません。
私はもちろん自分の意向をはっきり伝えますし、
ダメ出しもします。
でも最後の最後、本番を迎えるその時は
「私は私の世界を展開していくから
あなたはあなたの世界を展開してください。」
これに尽きます。
専門的に持ち場を全うするっていうのは、そういうことです。
それぞれ専門とする分野は違います。
写真であったり、映像であったり、照明であったり、制作であったり・・・
そこには、それぞれのプロ意識とプロ根性、
そして、何者でもなく自分自身が培ってきた世界観を持っていること。
やりがいのある舞台創作というのは、
そういう、それぞれのプロ意識と確立された世界観が集結して裏手を創り上げるということです。
そして、そんな人目につかない裏手が、
表舞台に乗っていく。
舞台に乗っているのは、生徒たちだけでなく、
スタッフの魂も乗せています。一緒に、臨んでいるのです。

世界観の融合。
それぞれの持ち場が華開く時。
私はそんな空間が、たまらなく好きなのです。

2014/03/19進級

スタジオのクラスは、
段階的に分かれています。
年齢でスパッと分ける方法もあれば、
習得度で分ける方法もあります。
年齢で分ける方が、正直ラクかな。
○歳になったらこのクラス。
○年生になったらこのクラス。
自動的にそうなりますね。
ですが、私はそのやり方にはどうかな~と思うところもあったりして、
年齢は、あくまでも目安として捉える程度です。
生徒自身というよりは、
お母さまたちの中に、
「早く進級した方がいい」
「進級が遅いからよくない」
「早く上に行く子が上手」
そんな風に受け取られているのかな、というのを時々感じることがあります。
いいえっ!
断固として、それは違います。
バレエの世界、
階段の「一段とばし」は通用しません・・・
結局のところ、一段一段、丁寧に階段を上って行った人の方が、美しく育ちます。
一段とばししたところで、
いつかどこかで転げ落ちてやり直すことになるのです。
この世界はそういう世界です。
何をもって「習得」とするかは難しいですね。
バレエを習得していくということは、
「これができる」「これができない」なんて、そんな簡単なことではないと、私は思います。
指導中、私は同じことばかりを言い続けます。
それは足の裏の感じ方であったり、
背骨への意識であったり、
お腹の使い方であったり、
上半身引き上げの捉え方であったり、
身体の方向であったり、
顔の角度であったり
音楽の聴き方であったり・・・
舞踊性の要素となる事柄を、
何度も何度も言って聞かせて、やって見せて、
また言って・・・
通常の基礎レッスンは、
ホント、地味~にこの繰り返しです。
言われたことををすぐ体現できる子もいれば、
少し時間がかかる子もいます。
でも必ずしも、すぐできるからいいというわけではありません。
先生はいつも同じことばかり言うから・・聞き飽きたと、
レッスン中の注意も上の空で流そうとする生徒と
どうして先生はこんなに同じことばかりを私に言うんだろうと
その単純な疑問をつなげてくれる生徒とでは
当然ですが、必ず差が出ます。
「受け留め方」です。
受け留め方には、正解はありません。
だから、注意しても上の空の時は、それがその子の今なのです。
でもずっとその状態でいるのではなく、時期が来れば目覚めます。スイッチ入ります。
そう願いながら、指導します。
受け留める「時期」は、ひとりひとり違っていいのです。
筋力や骨格の成長具合と同じ。
身長だって、早く伸びる子もいれば、あとから伸びる子もいます。
それと同じことだと私は思っています。
だから進級のタイミングを他の子と比べたりするのは、
実にナンセンスです。
ひとつの課程を習得しないまま、
次へ進むことの方がよっぼど問題だからです。
今、すべてのクラスが通常クラスとなり、
私たちは基礎レッスンへと戻っています。
ここから少しの間は、
ひとりひとりの生徒たちを、ちょいと観察させてもらいます。
進級を判断した場合には、その都度個別にお知らせしていきますね。
進級の時期は、何も春に限ったことではありませんから、
お母さま達には、長い目で見て頂けたらなぁ・・と思っています。
華やかな舞台は気持ちいいよね。
でも、そんな華やかな舞台のためには何が必要なのか、
舞台のあとは必ずそこに戻りなさい。
舞台の余韻に浸るのもいい。
但し、それだけで終わらせてはいけません。
「こうなりたい自分」をイメージしなさい。
そのイメージを持って、レッスンに来なさい。
絶対に、なれるから。

舞台でしか、伝えられないことがあります。
それがレッスンにつながった時、
その人の中で、
バレエの位置づけや意味合いが確立されていくんだと思います。
そして、
バレエを学ぶということは
そういうことなんだと、私は思います。

2014/03/13育みたいもの

先日の発表会で、
とても有り難かったのは、「客席の在り方」です。
あの空間にいて、感じてくださっていた方も少なくないのではないでしょうか。
舞台と客席に、「一体感」がありました。
これは、生徒たちの頑張りが、客席側を一気に掴み、お菓子の国へ連れて行ったこと。
そして、客席のみなさんには「観る」姿勢が整っていたこと。
両方があっての一体感だったと思います。
私はオープニングの時、舞台の袖にいました。
客席のみなさんは、お母さまたち以外はリハーサルなど観ていないわけですから、
オープニングの構成は初めて観るはずなのに、
ちゃんとすべてのグループごと、拍手を贈ってくださいましたね。
まず、あのオープニングの時、「今日の客席、スゴイ!」と思いました。
そして何より、温もりのある拍手でした。ありがとうございます。
発表会の客席を有料にするのか、無料にするのかといったことは、
主宰者の考えがしっかり通っているのなら、どちらもアリだし、正解はないと思います。
地域性で見ると、「静岡」で「発表会」を「有料」で行っているのは、うちのスタジオくらいです。
「公演」でしたら「有料」のところもたくさんあると思いますが、
「発表会」と「公演」は違うのでね。
いろんなご意見があると思いますが、
私には主宰者として貫きたいことがあるので、ここは強く貫いています。
私は、誰でもいいから客席を埋めて欲しいとは思っていなくて、
本当に観たいと、気持ちを寄せてくださる方がそこにいてくださればいい。
そう思っています。
職業柄、プロからアマチュアまで、年間に何本もの舞台を観ますが、
外部の発表会で目に付くのは、
自分の子が踊り終わると一斉に席を立つ
演目の途中でも平気で席を立つ
意味もなく席を立つ
といった残念な光景です。
お子さんの衣裳替えをさせなければならないから、席を立つ。
開演から終演までが、5時間とか6時間の発表会(←この業界、結構こういうのザラですicon11
これでは客席が崩れるのも無理はありません。
客席への働きかけがなければ、やはりこうなります。
客席への理想を掲げるのなら、
演目の途中で、席を立たせない「仕組み」
夢中になって、集中して、観てもらえるための「仕組み」づくりが必要です。
舞台に衣裳替えは付きものです。
それなら、休憩時間に衣裳チェンジができるように全体を構成するとか、誰かを配置するとか、
そういった段取りは計算する必要が絶対にあります。
そして、何より客席を飽きさせないこと。
私は、開演から終演まで「2時間以内」と決めてます。
「もうちょっと観たかった」と言っていただけるくらいで、ちょうどいいということです。
舞台芸術に携わるということは、
「演じる側」と「観る側」
両方と関わることだと思っています。
「客席あっての舞台」ですから、
それこそが、舞台芸術の根底部分だと思うのです。
根底が弱いと、そこから上に積み重ねていくものも不安定になります。
だからこそ大切にしたい部分なのです。